【横山験也のちょっと一休み】№.3443

注文した芦田惠之助の古書が届きました。
『国語教育易行道』です。
以前にも読みたいと思い、「日本の古本屋」などで探したのですがありませんでした。それが、今回、偶然売りに出ていて、手にすることができました。

「自序」に続いて、「一 緒言」となっています。そこまでしかまだ読んでいないのですが、この「緒言」は実に良いです。惠之助の教材への姿勢が示されています。

緒言には、高等小学の国語読本巻二に「エジプトの遺跡」が全文掲載されています。出てきたので、さらっと読んだのですが、ピラミッドやミイラ、スフィンクスといった古代の遺跡の話です。仮に、明日教えるとしたらどう読むかをちょっと考える程度と思います。

ところが、惠之助は違います。国語読本の編集者に「高等科の児童に是非読ませなければならぬという理由が聞きたい」と記しています。考えさせられたのは「是非読ませなければならぬ」という言葉です。

SG会の明石要一先生は、毎月の課題図書を選んで紹介し、それをレポートするのは「〇〇先生」と指名します。本を読んで、「あの先生に読ませたい」「是非読んでもらいたい」という気持ちになっているのだろう思えます。

そういう親心のような「是非読ませなければならぬ」という教師の思いが、教材文から湧き上がってくるのが惠之助なのです。教材文を額面通りに読むのではなく、そこに読む意義を見いだしてこそ、授業で取り扱う価値が高まります。こういったことを、惠之助は「自己を読む」という言葉で束ねていました。

SG会の明石先生が浮かんできたり、国語授業の名人・野口先生が浮かんできたりし、一流の教育者の本は違うなと感じ入っています。

続けて、「二 教壇行脚」に入りましたが、私には刺激的で魅力にあふれています。

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