【横山験也のちょっと一休み】№.3721
分数の話を一つ。
小学校では2年生になると、教科書に分数が出てきます。1/2や3/4などの真分数を学びます。
その分数の意味を教科書はきちんと示してくれています。
同じ大きさに4つに分けた1つ分が4分の1であると記しています。
大事なポイントは同じ大きさに分けることです。ですので、授業では「みんながニコニコとなるように分けます」と、かなり良い感じで平等感を出す先生もいます。
こう言う所も面白いのですが、今日は少し角度を変えてお話をします。注目してみたいのは、「同じ大きさに分ける」という現実感ある行為です。分けられる対象物は何でも良いのですが、ピザを同じ大きさに分けているとしましょう。
お母さんがナイフできれいに分けてくれたとします。これだけでも現実感があるのですが、それを黒板に絵や図にして示すと現実感がさらに高まります。
ところが、その現実感が何と分数を制限しているように見えてきます。
まず、1/4、2/4、3/4、4/4までは極めて自然なこととして認識させてくれます。ところが、5/4になると、突然不自然さが出てきます。
「何かを4つに分けて、それが5つになったら変だろう!」となります。
ピザを1枚注文して、それを4等分します。その5/4を食べることはできるでしょうか。4/4まで食べたら、もうピザはありません。おかしいと思えてきますよね。
分けたという現実感が、どうしても5/4のような分数は無いという雰囲気をつくります。現実感を持ったままだと限界がでてくるのが算数なのです。
こういう不自然さを無くすためには、別の見方をする必要がでてきます。
4年生になると、1/4の5つ分が5/4となると学びます。これは大したものです。1/4を一つの単位として見ているのです。この単位が5つ集まったらどうなるか、という形になります。これでしたら、分子をどれだけ大きくしても問題ありません。
等分したという行為から切り離すことで、単位という新しい見方ができるようになったのです。現実から遊離し、観念的な単位の世界に入ります。歴史的な進歩を感じる場面ですね。
4年生で分数を学習したら、「5/4は変だろう!」の話をしてあげるのもいいですね。
—
下の3冊には、楽しい算数の教材がたくさん載っています。わり算の筆算の「スイートポテト」や、三角形の内角の和の「カマキリライダー180度」は白い本に載っています。