この読み方に慣れているので,これ以外の読み方など,全く頭の中にありませんでしたし,考えてみることすらしませんでした。
ところが,ある日。
仕事で,『花鏡』(世阿弥)を読んだとき,実に驚かされました。「三分一」と記されていて,そのルビが「サンブイチ」なのです。「の」が記されていません。
これは,誤ってルビをつけたのかもしれないと思ったのですが,1ページめくるとそこでも「サンブイチ」「サンブニ」とルビがついています。
分数の言い回しが,昔は違っていたのです。
(※左の引用は『花鏡 謡秘伝鈔 演劇資料選書1』(早稲田大学演劇博物館編))
『花鏡』は1400年頃から書き始めたものだそうで,これよりさかのぼること200年。1212年に鴨長明が記した『方丈記』にも,分数が出てきます。こちらでは,「三分カ一」と記され,「さんぶがいち」と読んでいました。
(※左の引用は『新調 方丈記』市古貞次校注 岩波文庫)
不思議に思うことは,「三分の一」のように「の」と読ませる読み方が出てこないのです。
日本に分数が伝わったのは,いつのことなのか,それはちょっと確認できていないのですが,養老令(奈良時代)には出ているそうで後日確認してみたいと思っています。確かなことは中国から伝わったということです。
その中国では,分数を「三分之一」などと「之」を用いて表記していました。このような中国の表記は,中国古代の数学書「九章算術」(紀元前の書と言われている)に記されています。それが,日本に伝わったのが平安時代。数学的影響は少なかったそうですが,平安時代には分数が日本でも使われるようになったことは頷けます。
日本で,今のような1/3といった,アラビア数字と横棒での分数表記が使われ始めたのは,明治になってからのことです。1,2,3・・といったアラビア数字は文明開化の波に乗って,日本で使われ始めた数字です。江戸時代までは,全部,漢数字でした。それがいきなりアラビア数字になったので,明治初期にはアラビア数字に小さく漢数字でルビが振ってあったこともあります(これは,『明治人の作法』(拙著 文春新書に載せてあります)。アラビア数字は,日本では案外新しい文化なのです。
(続く。後日,少し書き足します)