【横山験也のちょっと一休み】№.3397

東京へ行く用事があったので、久しぶりに論語の本を車中で読みたくなりました。
本棚から選んだのは、吉川幸次郎さんの『論語について』です。
論語の本はいろいろと持っているのですが、どれを読んでもいい気持ちになります。
論語と相性がいいのかもしれません。
その中でも吉川さんの本はさらに気持ちを良い方向に向けてくれます。

今回読んでいたら、自分の名前の呼び方が、中国の人と日本人とでは違うことが書いてあり、そこがなるほどと思いました。

中国の人は、自分のことを「私」などと代名詞でよぶことが無く、自分の名前を呼ぶとのことです。
私でしたら、「横山は東京に用事があり、ちょっと行ってきました」という具合なのです。
こんな風に、何かの紙切れに書ていあったら、日本人は、書いた人とは違う横山と言う人が電車に乗ったのだなと思えてきます。

また、人が誰かの名前を呼ぶときには、姓や名でよばず、字(あざな)を呼ぶそうです。
私に、「マッコウ」という字があったとすると、「よー、マッコウさん、ご機嫌いかがですか」となります。決して、「よー、横山さん」とはならないそうです。
ということは、中国の人は生まれた時から皆さん字を持っているということになります。今の時代もそうなのか、気になります。

今の中国の人がどう自分の名前を呼んでいるのかは、よく知りませんが、こういう文化の違いを知ることは、論語を読むときの助けになります。

秋の夜長になってきましたので、論語やその周辺の書を楽しみたいと思います。

関連記事: