【横山験也のちょっと一休み】№.3483

伊藤仁斎の「論語古義」を少しずつ読み進めています。

読み進めたいと思ったのは、学而第一に出てくる「賢を賢として、色を易(か)え」の訳が、わたしにジャストフィットしたからです。

「他人の賢を賢と認めて顔色をかえる」と仁斎は書いています。本を読んでいたり、人と話をしているとき、ハッとすることがあります。顔色が変わるかどうかは分かりませんが、先方の賢さを、確かにこれは賢い、さすが!と思える瞬間は体験したことがあります。
道徳的に「賢!」と感じた時に、なぜ、賢と思ったのかをうまく説明できると、それが大きな学びとなります。仁斎の言いたいことは、なんとなくそういうことなのだろうと思え、「論語古義」は最後まで読み進めるべき本となりました。

また、この「論語古義」ですが、仁斎の説明力が優れています。他の論語の本と訳し方が違って、あれ?と思うこともありますが、読んでいるだけで説明するに足る言葉を少し吸収できるので、ありがたい本と感じています。

教室に「論語古義」を置いても、子ども達は見向きもしないと思います。
ですが、時には分厚いごっつい、絶対に子どもが読めない本を、しかも先生の書き込みやラインなどがやたらと入っている本を、教卓に何気なく置いておくのも楽しいものがあります。
数人は「先生、すごいですね」と思ってくれます。「先生も勉強しないとね」とのさりげない一言に、子どもなりに見上げる思いを感じてくれます。

それはさておき、教卓には『教室論語』ですね。