【横山験也のちょっと一休み】№.3653

戦前の算数の教科書を開くと、意外なところに、「おっ!」と思うことがあります。
その中で、最近、ちょっと気になっているのが問題の出題の仕方です。

大正8年の3年生の教科書には、
次ノ掛算ヲナセ.」となっています。
「掛算」と漢字を使っている点を取り上げても、見事と思います。算数では同様の言い回しが何度も出てきます。繰り返し出てくる言葉は漢字できっちり教えても、子ども達には伝わります。見慣れるからです。

戦争も終わった昭和33年。その教科書には
つぎのかけ算をなさい。」とあります。
「掛算」の半分が平仮名になり、少々、平たくなった感があります。また、文末が丁寧になりました。「なさい」です。戦前の「なせ」に比べたら、ずいぶん子どもに対して優しい言葉遣いになっています。

そうして、私が先生になったころは、
「つぎのかけ算をしましょう。」でした。

「なせ」「なさい」は命令ですが、「しましょう」はお薦めです。「なさい」よりさらに一段、子ども達に優しい言葉遣いになっているとわかります。

「なせ」「なさい」は、命令ですので、しなければならないのです。ですから、もし、子ども達の中に、「いやだなぁ」と思い、ついそれを口走ってしまう子がいたら、どうなるでしょう。命令に逆らっているのですから、自動的に悪となります。どのような思いで漏らした声なのかは考慮されず、いやだと思うこと自体が、悪い子、ダメな子、やる気のない子となり、お小言をいただくことにもなります。これはやむを得ません。

「しましょう」はお勧めです。「遊びましょう」と言われて「後で」と断ることができる会話と同じ仲間です。ですから、「やりたくありません」ときっぱり断ることもできます。でも、教室の空気もあります。これまでもみんなでやってきたという慣例もあります。やらない選択肢は基本的にはありません。
ですが、最近は教師の話を聞かない子も増えてきました。いい気になって「やりたくない」と言い出す子がいても不思議はありません。そういう子に対して、「これはみんながやること。やらなければならないことなのです」と言うと、「教科書と言っていることが違うじゃん」と突っ込まれるかもしれません。まあ、そこまで知恵は働かないと思いますが。

こう見てくると、子どもに優しく「わり算をしましょう」と言うことは、場合によっては危なさを持っている指導となります。

そうして、今の教科書見ると、こういう問題文が載っていません。マークがついていて、計算問題が4問とか6問とか出てきます。
これを、紙面の節約と思うこともできますが、個人的には、大変意義深い表現と思っています。問題文を書かないことが意義深いというのも、妙なものですが、要は、先生が子ども達の様子を見て、ふさわしい言葉を用いましょうと言っているように見えるからです。

私なら、例えば、「わり算が4問載っていますが、できますか。」と聞くことも有益と思っています。
「できますか」と問われたら、できる・できないの判断を各自がすることになります。普通は「できますか」と問われたら、「できない」とは言いづらいです。ちょっと格好悪いと感じます。ですから、ここは「できます」と答えてしまいます。
しかし、問題を見て、ちょっと無理と思う子がいてもおかしくありません。その場合はできなことを隠さずに何とかできるようにしようとしている子として、認めることができます。「できないと思った子は、もうすぐできる子です。先生のところに来て、よくわからないところを一緒に考えましょう」と道を開くこともできます。

「できますか」という問いは、「やりたくありません」を排斥しています。できるかどうかが問われているので、「やりたくありません」とは言葉になりにくくなります。もし、そういう子がいても、先生はそんなことは聞いていませんと、そういう後ろ向きの姿勢を相手にせず、できるようになっていこうという方向に頭を向けさせていきます。
命令も「やりたくありません」を排斥していますが、命令は子どもの状態を無視します。学ぶ子どもの状態を考慮しない命令は弱い子を置き去りにしやすくなるので、他に何らかの手を打たないとなりません。

問題文が書いていなという点をうまく指導に生かしていけると、算数が少し輝きだしますね。

※ところで、こういう問題文が気になったのは、宮内主斗先生の『理科実験の教科書』on-lineセミナーに参加したからです。講師の先生がノートに書くことを促す言葉として、「わかったこと」を止めて「確かになったこと」と言うようにしていると話してくれました。詳しいことは書きませんが、なるほどと思いました。
言葉遣いの微妙な違いが子どもの判断を変え、行為を変えていくことがあります。そこを研究する先生が増えてくると、新しい教育の姿が現れてくるでしょうね。

こういう考え方は載っていませんが、下の本には楽しい算数のアイディア教材がたくさん載っています。