コロナ禍による現在の状況を引き合いに出すまでもなく、いま私たちはますます予測困難な時代の只中にあります。そのような中、これからの教育の方向性を示す新しい学習指導要領の全面実施が始まりました。その前文にもあるように「一人一人の児童生徒が持続可能な社会の創り手」となることが求められる時代。私はその理念に大いに賛同し、一人の教育者として、その実現に向けて可能な限り貢献したいと考えています。
そのため『まんがで知る 未来への学び』のシリーズを描いているのですが、現状では、教師をはじめとした学校関係者にも、また学校関係者以外にも、「社会に開かれた教育課程」という中心概念が理解されているとは言いがたく、さらなる広がりが必要だと考えているところです。
そこで今回は、時代を読むまんが編集者がこの状況をいかに捉え、未来への展望を描いているか伺ってみたいと思いました。私達教育関係者にとっても、きっと大いに参考になるはずです。
たずねたのは、以前は講談社・週刊モーニング編集部に所属し、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『ドラゴン桜』(三田紀房)など多くのヒット作品を担当した有名編集者であり、現在は作家のエージェント会社、株式会社コルクの代表取締役社長を務める佐渡島庸平さん。テーマは「これからの教育はどう変わればよいのか?」です。 (前田康裕)
【たずねた相手】
佐渡島庸平:株式会社コルク 代表取締役社長
経歴:
1979年生まれ。中学時代は南アフリカ共和国で過ごし、その後、灘高校から東京大学文学部に進学。2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に配属される。以後、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)等々、数々のヒット作品を担当。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社である株式会社コルクを設立、代表取締役社長として活躍中。
■1 社会の変化について
■2 これから必要とされる能力とは
■3 これからの教師の仕事
■1 社会の変化について
前田 私、『ドラゴン桜』大好きなんです。2003年に始まった前作もすごく好きだったんですが、2018年から始まった『ドラゴン桜2』もまた非常に面白い。ところで、『ドラゴン桜』と『ドラゴン桜2』では、社会が大きく変化しているという前提でストーリーが展開していきます。佐渡島さんは今、社会はどのように変化しつつあるとお考えですか?
佐渡島 前作では、暗記が重要、詰め込みが重要だということを言っていたんです。というのは、人生のなかでいろんな課題を解決しなきゃいけないときに、最低限の知識がないと解決なんてできないですから、詰め込みがすごく重要だったわけです。
ところが今は、実際に課題を解決する作業は人間が行う必要がなくなりつつあるし、一方で社会のなかのルールチェンジも頻繁に起きるような社会が到来しつつあります。
そうすると、何かが正しいと思ってそれにずっと従っていると、途中でルールが変わって結局は失敗してしまう、ということが起きるわけです。そうした時代変化が起きているので、そのときに一番重要なのは、「学び方」を身に付けることなんですよね。
前田 大いに賛同します。今までは、学び方ってあまり教えていなくて、むしろ先生が「こういうふうに覚えなさい」という言い方をしてきた。
『ドラゴン桜』でも、前作は先生が前面に出ている作品でしたが、『ドラゴン桜2』は明らかに生徒の側、天野と早瀬の2人が自分なりの学び方を身に付けて成長していくような、そういうストーリーになっていますね。
佐渡島 そうです。今までは、最高のティーチングがあるという考え方が支配的だったと思うんです。でも、今は人間のことがどんどんわかってきて、最高のティーチングなんてものは存在しないんだとうことがわかってきた。つまり世の中には、Aという解決策が正しい人と、Bという解決策が正しい人の両方が存在するというだけで、どちらが正しいということではない。Bが正しい人にとっては、Aは間違いだったりする。
かといって、じゃあ世の中の人の人数分の解決策があるから大変じゃないかというとそうでもなくて、細かく分けても5パターンぐらい、おおざっぱに分ければ2パターンぐらいに集約できるんじゃないかと僕は思っているんですね。
例えば、この後『ドラゴンズ桜2』にも出てくる話なのですが、僕は同時に何冊も本を読むんですよ。それでまったく気にならないし、むしろそうでないと退屈してしまう。でも、本は1冊ずつ読み終えてからじゃないと次にいけないっていうタイプの人もいますよね。
前田 私はそういうタイプですね。
佐渡島 で、そのどちらが正しいということではないんです。本を同時に読むタイプAと、本を1冊ずつ読むタイプBの人それぞれにそれぞれ「計画を立てろ」と言うとき、どうすればよいのか。
Bのタイプの人は、丁寧な、先を見通すことのできる計画を立てたほうがいい。でも、Aタイプの人の場合、そういう丁寧な計画があるとむしろやることの全体がもう見えしまっている気がして面白みがなくなってしまうので、目標だけを立てたほうがいいんです。
これまでの教育では、そこの個性差は無視されてきた。でもこれからは、ある程度パターン分けして、そのバリエーションの中で教育が行われたほうが、全員がハッピーになるだろうなって思いますね。
さらに、教えること=ティーチングよりも、コーチングとかファシリテーションのほうが重要な時代になってきている。そういうやり方に早く変わることのほうが、国全体の利益にも繋がっていくと思うんですけど、日本の場合、変化に対するインセンティブがなく、そこから取り残されてしまっている。それが、今の問題ではないかと思っています。
『ドラゴン桜2』では、天野や早瀬がそういう今っぽい生き方をする中で、それでも東大には行ったほうがいいんだと。世の中には新しく変化しているところと古く残ってるところがあって、新しいことだけで構成されるわけではない。だから、新しい生き方を身に付けながら、東大という古い価値観を大切にしているものを手に入れる。そのことに価値があるというのがテーマなんです。