■3 OECDとエデュケーション2030
前田 OECDが今、進めている「エデュケーション2030」には、日本の新しい学習指導要領と合致するところもあると思うのですが。
板倉 そう思います。学習指導要領と相互関係に、むしろ「エデュケーション2030」が日本の教育に影響を受けている面もあるのではないかとも思います。日本もOECD加盟国ですから、その検討がなされているときに日本の状況も紹介していたので、それが世界的にも評価されたという点もあると思います。もちろん、用語の細かい使い方などの点では異なるところがありますが、その骨の部分、骨格の部分は、方向性は同じだと思いますね。
前田 そうでしたか。特に印象的なのは「エージェンシー」と、学力という言葉を使わずに「資質・能力」という言葉を使っている点。「エージェンシー」というのは、具体的にどのようなものだと考えればいいのでしょう。
板倉 「エージェンシー」は、今の仮訳だと、「自ら考え、主体的に行動して、責任を持って社会変革を実現していく力」というような訳になっています。ポイントはいくつかあるのですが、大ざっぱに言えば、主体性、あるいは当事者意識と言ってもいいかもしれません。
今の話をちょっと膨らませることになりますが、「エデュケーション2030」の中に「ラーニングコンパス」というのが出てきますよね。「ラーニングコンパス」の図というのは、学習者がその「ラーニングコンパス」を持って、いろんな人の助けを得ながら「ウェルビーイング」に向かっていくという図になっているわけです。
「ウェルビーイング」というのは、日本語訳が非常にしづらくて、私もこれはなかなか訳しにくいと思っているのですが、観点としては、「個人のウェルビーイング」「集団のウェルビーイング」「地球のウェルビーイング」となっている。つまり、個人の幸せに加えて、より社会全体を見る方向に変わってきているというところかなと。
これは、日本の方向性と非常に近いのかなと思います。日本の、今回の学習指導要領でも、前文の中に、「一人一人の児童が、自分の良さや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながらさまざまな社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる」と書いてあって、この部分からは、かなり同一の方向性を感じられると思います。
前田 まさに、その通りですね。
板倉 この流れは、グローバル化が進む中で、教育の方向性として世界各国で合意が一定程度とれたものであり、世界の教育は今、そういう方向に進んでいるのかなと思っています。
前田 そうすると、「エージェンシー」を育てるためには、われわれ学校教員、教員に限らず、さまざまな社会的立場にある人たちがどのように子どもたちを育てていけばいいのかという点が気になってきますね。例えば、これが必要になるといったことはありますか。
板倉 おそらく、教育のあり方が根本的に変わることはないのだろうと思います。結局は、昔でいえば一人前にするといった根本の部分は、変わりません。だから、「エージェンシー」に関しては、新しい概念が出てきてまた何か新しい負荷ができるという捉え方ではなくて、それが、今までやってきたことの中の、特に主体性だとか当事者意識みたいなものが、より世界的に重視されるようになってきたくらいの感じで受けとめていただければと思います。
教育は流行りでやるものではありません。世界的に言われている方向と、日本の方向が合っているのだから、そこは安心して、これまでの学校教育を進めていただいて、新しい学習指導要領がまさに始まりますから、まずはその「前文」を読んでいただき、あとは、「総則」を読めば、今言われているカリキュラム・マネジメントも含めて、教育課程の編成がひととおり考え方として分かる仕組みになっています。前文と総則を当たっていただくのが、非常に大事かと思います。
前田 「主体性を持つ」、あるいは「社会を変革していくような力」を付けるための、学習活動としては、どういったものが望ましいのでしょうか。
板倉 アクティブ・ラーニング、主体的・対話的で深い学びとは相当程度、親和性が高いだろうとは思っています。
主体的・対話的で深い学びを進める上で、まず、新学習指導要領が「資質・能力」の育成に力点を置いていることを意識することが最初に強調すべき点だろうと思います。今までの学習指導要領は、何を教えるかということが中心でした。そのため今回の改訂でも、先生方の注目は、どうしても「英語が増えた」「プログラミングが増えた」に向き、それはそれでもちろん大事なのですが、むしろ、それよりも先に見ていただきたいところは、「どういう人間に育てたいのか」というところなのです。
前田 ですよね。
板倉 そのために、カリキュラム・マネジメントがあり、主体的・対話的で深い学びがあります。「学びに向かう力、人間性等」のような「資質・能力」を育てるために、どこでどう取り入れたらいいか。主体的・対話的で深い学びのためには活動自体が目的なわけではなく、そこに向かう力、思考力、判断力、表現力を養っていくために、どういう授業構成をすればよいかと考えていただくものなのかなと思っています。
「知識・技能」は昔から重視されてきたものですが、これについても、今までのような一斉授業が駄目だとかいうことは全然なくて、今までどおりのやり方で上手くいっていた部分も取り入れていただき、全体として改善していくことが重要だと思っています。
前田 先ほどの学びの羅針盤「ラーニングコンパス」のところで、データリテラシーとか、デジタルリテラシーとあって、何となくイメージは分かるのですけども、具体的には例えばどういうものですか。
板倉 OECDのそのデジタルリテラシー、データリテラシーがどういうものかについては、少し難しいところですが、いわゆるコンピュータ系のスキルに関しては、残念ながら日本は、まだ遅れている部分もあるだろうと思っています。
ICTでも日本以外の世界各国のほうが学習に使ってるんですよね。例えば、家で宿題をするときにパソコンを使うこともあるし、レポートの提出にEメールを使ったりするのは当たり前なんです。
それが日本では、パソコンのある家庭はかなり多くても、実際、学習に使っている家庭はほとんどない。スマートフォンは世界的にもちろん普及していますが、各国ではそれこそ調べものだけでなく、学校の連絡や宿題にも使っています。日本の場合、その利用はほとんど遊びに偏ってしまっています。しかも、長時間やり続ける子もいるという状況があります。今回プログラミング教育も小学校で必修化されますが、大事なことは、技術に使われてしまうのではなく、必要に応じて主体的に使えるようになることです。
前田 なるほど。
板倉 プログラミング教育はまさにそうなんですが、コンピュータはブラックボックスではなくて、その中がどのような構造になっているのかということを理解し、単に受け身として使うのではなく、積極的に関わっていくことのできる力を育むことが重要です。また、データの活用については、出されたデータを活用して、どういった分析ができるかということなどを行います。例えば、全国学力・学習状況調査にしても、平均点だけを取り出しがちですが、中央値はどこか、偏差はどうかといった話も当然、子どもたち一人一人の成績を見て、議論しながらやっていかなければいけない話なんですよね。学校の先生方もそれを見たほうがいいですよね。そういう点で、まだ少し遅れているのかなというところはあります。
前田 今のお話、たいへんよく分かりました。